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小松政夫さん追悼「オヨビでない奴!」(TBS系)

 コメディアンの小松政夫さんが7日、亡くなった。78歳。

 3年前に拙ブログでこのような記事を書いていた私は、訃報を聞いて(親分、早すぎるよ…)と思ってしまった。小松さんは私の母親と同世代なもので、よけいにそう感じたというのはあるかな。

 

 名コンビで一世を風靡した伊東四朗、ひと世代下のビートたけし、小松さんの自伝ドラマ「植木等とのぼせもん」(NHKテレビ)で主演した志尊淳など、多くの人が取材やSNSを通じて故人をしのんでいる。小松さんの芸人としての全盛期をリアルタイムで知らない私としては、まず思い出すのが中学時代に見た午後7時放送の30分ドラマ「オヨビでない奴!」(TBS系)である。

 主演は子役からアイドルスターへの道を駆け上がっていた高橋良明。彼の父親役は所ジョージ、そして祖父役は小松さんの師匠であった植木等という「無責任でお調子者の一家」が引き起こすドタバタコメディーであった。

 小松さんが演じたのは高橋演じる遊介が転校した中学校の主任・村西先生。「上に媚びて下に高圧的」の典型のような教師で、何かにつけては遊介に厳しく当たっていた役どころだ。

 

 この村西先生を演じた小松さんについて忘れがたいのは、遊介とガールフレンドの亜紀(磯崎亜紀子)が1964年の世界へタイムスリップする回だな。たぶん、てか「BACK TO THE FUTURE」が元ネタだとみているw

 当時から23年前の世界に行ってしまい、動揺する亜紀をよそに遊介は「安いから」とラーメン屋でおかわりしまくっていた。意気揚々と夏目漱石の千円札(1984年発行)を出す遊介だったが、女性店員から「聖徳太子を持って来なさい」とニセ札扱いされてしまう。

 窮地に陥る遊介と亜紀だったが「僕が立て替えます」と穏やかに申し出たのが、若かりし頃の村西先生だった。角帽に瓶底メガネ、詰襟を当時45歳の小松さんが着こなしている。

 遊介、亜紀が家出した少年少女と推測した若き村西先生は、一人暮らしの宿へ2人を泊める。こたつに入りながら理想の教育をとうとうと語る苦学生の姿は現在の村西先生とはかけ離れたもので、遊介も亜紀も感心して話に耳を傾けていたと記憶している。

 遊介、亜紀は当時の祖父・千歳、父親・又一郎にも会う。会うというか、人生に絶望した千歳が又一郎を連れて自殺しようとしたのを2人が止めるのであった。暗い性格だった自分の父親と祖父を変えるため、遊介が奮闘するという筋立てである。

 遊介と亜紀の尽力により千歳と又一郎は明るい性格となり、2人はめでたく現代に戻った。村西先生は相変わらず遊介をガミガミ叱る。「昔と言っていること違うじゃん…」とぽつりつぶやく遊介に「なんか言ったか!?」と村西先生は詰め寄るのだった。

 

 若き日と現在の、まるで別人のような役柄(これは師匠の植木にも言えるが)を演じ分けた小松さんの姿は、30年すぎても忘れがたいものがある。まあ「あの人は昔は正反対の性格をしていた」てのはドラマのお約束といえばそうなのだが、小松さんの演技にはうそ臭さがなかったていうかね。45歳で学生服姿なんかコントとしか言いようがないんだけどw

 困っている少年少女に手を差し伸べ、理想の教育を語る心優しき村西青年。そんな彼が、23年たって生徒に高圧的に接する教師となったのは、そうなってしまう苦しい体験があったのかなあ…と感じさせる説得力が小松さんの演技にはあったと生意気ながらそう思っている。

 「オヨビで―」のタイムスリップ回では、遊介と亜紀を現代に帰す役割を果たす秋葉原博士を坂上二郎が演じていた。つまり植木、小松、坂上と戦後を代表するコメディアンがアイドル主演の30分ドラマにそろい踏みしていたんだ。すげーなw ちなみに若き日の段田安則も警官役で出ていた。

 

 先に書いたように小松さんと植木等は師弟関係にあったわけだが「オヨビで―」で2人が絡んだ記憶はあんまないのよ俺。当時は2人の関係など知らなくて、注意してみていなかったのもあるけど。もっとも小松さんの人柄を思えば、師匠との積極的な絡みは遠慮していたてのもありえそうだな。師弟のつもる話は、あの世でじっくりと楽しんでほしい。

 

 小松の親分のご冥福を祈ります。