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キングオブコント2017決勝戦の感想その5~菅家しのぶ氏のゾフィー擁護について

◆ファイナルステージ

アンガールズ

 リアルタイムで私はTwitterでKOC決勝戦のネタを逐一実況していたのだが(たとえばアンガ1本目のときは「ナンパのネタ」など)、この2本目はいったいどういうテーマのコントかは冒頭の田中と山根の出会いではスッと分かりにくかった。ただくたびれたジャケットに野球帽を被った田中の姿は変質者にしか見えなかった(失礼)ので、その後の不穏な展開は十分に予想できた。

 果たして田中の正体は、山根の妻を10年間愛したストーカー。ただしつきまといの相手は妻・マユミではなく山根だったというね。まあ冷静に考えれば怖い以外の何もんでもない。「俺は法律の中で暴れているだけ!」て田中のセリフもつい力業で笑わされたが、東京都民なら迷惑防止条例で訴えられるケースだと思う。まあ法律と条例は違うと主張する人いるかもだけどw

 貯金を切り崩して山根をストーカーし続けたが、とうとう貯金が底を果てたことにより敗北宣言をする田中。悪人になりきれない悲哀を描いたアンガールズらしいコントと言えるが、個人的にはもっと田中が追い込まれた状況に陥っていた方が面白かったかな。貯金はとうに底をついて、街金に手を出してしまい追い込みかけられ、山根に会ったのも借金取りから逃げながらだった…みたいなね。

 審査員の合計得点は452点。1stステージと同じ得点で、合計904点。

 個人的な採点は89点。

 

ジャングルポケット

 こちらはコントの定番、人質コント。ある組織に監禁された斉藤が、ボスのおたけ、子分の太田にいたぶられて麻薬取引の現場を吐くよう強要される。

 柔道の達人で鳴らす太田が黒タンクトップでムキムキの筋肉を誇示しながら、斉藤をロッカーに何度もたたきつける。痛そうなのは斉藤の苦悶の表情からも伝わってくるので、彼が自分の命よりもロッカーに叩きつけられるのを嫌がるというこのコントの笑いどころがすんなり伝わってきた。

 コントは斉藤と太田のいたちごっこのやりとりを通じて、おたけが「やめろ!」と太田を制する言動にあるからくりが存在していたことが分かる。このネタがバラされた場面、私は心の中でヒザをたたいた。だてに3年連続決勝進出、昨年はデッドヒートで準優勝に輝いたトリオじゃねえなと感服した次第だ。

 ただこのネタバラシはもっとコントの中盤にやって、もっとおたけの「やめろ!」をいじってほしかった。ちょっとネタバラシが遅かった。オチも微妙だったけど。

 審査員の合計得点は458点。1stとの合計で910点。

 個人的な採点は92点。さっき書いたようにネタバラシをもっと早めて遊んでくれれば、あと2~3点は上積みあったかもしれない。

 

 さてネット界では高名な演芸評論家で鳴らす菅家しのぶ氏が、ゾフィーのコントを擁護するレビューを書いたので私もそれへの見解を述べておきたい。もともとこのブログを始めたのも菅家氏が「風刺ってよく分からない」と書いたことへのアンチテーゼとしてなので、少しご容赦願いたい。

 菅家氏のゾフィーのコントを擁護したレビューはこちら。

sugaya03.hatenablog.jp

 菅家氏はゾフィーのコントで、上田演じる息子が「母親≒メシ」の扱いをしたことに多くの批判の声が上がったことについて「流石に今の時代の視聴者の創作物に対する抵抗力の無さに驚いた」などと皮肉めいた反論をしている。ここから私は彼の認識に疑問を呈さざるを得ない。

 世の母親の多くがどれだけギリギリの生活を強いられているか、その実態はあの「保育園落ちた 日本死ね!」という流行語大賞を獲得するほどのパワーワードからも分かるだろうに、なぜ菅家氏は女性の家事労働の報われなさ、過小評価を矮小(わいしょう)化するのか。一社会人として理解に苦しむところだ。ゾフィーのコントでの上田の「母ちゃん≒メシ」という言動に多くの方が批判の声を発したのには、私は菅家氏とは逆に世論の健全さを少し感じた次第である。

 なぜかと言えば、「炊事洗濯、家事は女性がやるもの」という主に男性側の認識が現代日本で圧倒的な「正論」と思われているからだ。菅家氏は、ゾフィーのコントで家出した母親をおそらく専業主婦であろうと仮定していたが、それは甘い認識だと言わざるを得ない。

 私の両親のケースで恐縮だが、私の父親も母親も定職についていた。いわゆる共稼ぎというやつである。ただ私が中学時代に部活を終えて帰宅したとき、いつも夕食の支度をこしらえていたのは労働を終えて疲れているはずの母親であった。父親が母親の代わりに厨房に立って夕食を用意したことなど、1回としてなかった。それどころか、夕食後の食器の洗い物すら父親はやったことなかったぜ。

 私の両親のようなケースは、決して珍しくなかったと思う。専業主婦だろうが働いていようが、女性は夫と子どもがいる限り「メシを作る存在」として認識されてしまう。ゾフィーのコントが風刺として成立足り得るためには、そうした母親が虐げられている家事労働の実態を訴えていなければ成り立たないと思う。

 ただゾフィーのコントは、いろいろ惜しい部分もあった。妻の書き置きを読んだサイトウ演じる父親はショックに陥り、上田演じる空腹を訴える息子に自ら料理を用意することができない。それどころか息子に黙ってカップめんを食し(インスタント食品に頼るのだから自炊はできないのであろう)、それが息子にばれたら言い訳に終始するなど父親としてダメな部分はよく描写されていた。

 やがて家出中の母親は息子の上田の携帯に電話する(上田は母親を「メシ」と登録していた)。即座に電話を代わった父親が謝罪するのだが、この電話で「母さんがいないと、私も息子もメシがろくに食えないんだ」と言っていれば、コントに批判の声を上げていたお母さん方もそれこそ溜飲が下がったことだろう。

 ただ菅家氏は、女性の家事労働における根本的な問題には目もくれず、上田演じる息子の異常な言動だけに着目して「風刺としてよくできたコント」に結論付けている。正直言って、上田演じる息子のような人物はそうそう世の中にいるとは思えない。というか、母親を「メシ」扱いする「大人」(性別問わず)は、子どもの何十倍も日本にいるだろう。風刺の対象にするなら、子どもではなく大人である。

 キングオブコントを放送した同じTBSが世に送り出した名ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」でも、家事労働の理不尽さは新垣結衣の熱演を通して人口に膾炙(かいしゃ)されていたのだから、ゾフィーのコントにはあえて厳しい目を向けることこそが演芸評論家に求められるのではないかと思う。

 まあ菅家氏は「差別と黒人が嫌い」などというクソツイートをする御仁なので(シャレのつもりかもしれんが、それがシャレになると思っているのなら痛いとしか言いようがない)、あまりリアクションには期待しないが。

ゾフィーの項目を10月9日に加筆修正)