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藤子・F・不二雄『ドラえもん』40巻(小学館)で伝説の「1984年紅白」オマージュ!!!

 不朽の名作ギャグ漫画「ドラえもん」後期における傑作エピソードの一つ「ふつうの男の子に戻らない」。初出は1985年。

 まあ結構有名な話だと思うが、あらすじを。ジャイアンがコンサートの不調から己の限界を感じ、歌手引退の決意をドラえもんのび太に伝える。

 大喜びの2人だが、スネ夫からは「ジャイアンが簡単に歌手の道をあきらめると思う?」というしごくもっともな指摘が。ドラえもんひみつ道具「ホンネ吸い出しポンプ」でジャイアンの真意を探ってみると、コンサートでの聴衆の反応が悪い現状のテコ入れとしてわざと引退宣言をするというものだった。聴衆から「やめないでー!!」という言葉を引き出し(皆無だと思うが)、引退撤回宣言をするというもくろみだ。

 そういや、かの長嶋茂雄の現役引退試合でのあいさつでも「長嶋、やめるなー!!」て叫んだ男性おったな。長嶋の引退時の名ゼリフはこの作品でも引用されているが、それはさておき。

 ジャイアンの本音を知ったドラえもんたちは先手を打ち、聴衆が盛り上がらない演出をして彼に引導を渡そうとする。ドラえもんが取り出したるは「拍手水ましマイク」。元来は不景気なコンサートで(どんなコンサートだ)使う道具だが、これをマイナスに調節して、聴衆が引退のうれしさでどれだけ拍手をしてもジャイアンにまばらに聞こえるように準備した。

 

 そしてジャイアンのさよならコンサートが開演。この「ふつうの―」は8ページの短編だが、残り3ページの畳みかけで爆笑を誘う。まず司会を務めるドラえもんの冒頭のあいさつが面白い。

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(『ドラえもん』40巻67ページから)

 まずドラえもんが司会をしている事実そのものがジワジワ来るw 何で彼が司会なんだろ。スネ夫がやっても良さそうだが。当のスネ夫は補佐役?として舞台そでですまし顔をしており、それも面白い。てかこの3人の並び自体が結構新鮮で、笑えるものがある。

 ここで歌手の引退コンサートで司会をやるってどんな人がいたかなと調べてみる。日本初の引退興行と言われるザ・ピーナッツのさよなら公演(1975年)で司会を担当したのは、往年の名司会者高橋圭三。その事実を踏まえると、確かに「音痴」の代名詞として良くも悪くも世間に君臨してきたジャイアンの引退公演を取り仕切るのは、ビッグネームのドラえもんがふさわしい気もする。

 上に紹介したコマでのドラえもんの名(迷)調子。内容もさることながら「…」の使い方がうまい。引退でうれしい本音を隠す発言をするまでの「…」がひときわ長いのよな。ここに藤子Fのテクニックを感じる。

 

 「なにがいいたいんだ」と司会者にツッコみながら、ジャイアンがMC。「みんなさみしいだろうな」と水を向けてものび太、しずから聴衆は沈黙する。ジャイアンは不機嫌になるが、気を取り直してこのように発言。

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(同上68ページから)

「二時間半」「おれのヒットナンバー」「メドレー」

 パワーワード並べすぎw 2時間半て本職の歌手並みに時間使うんだなと。しかも聴かせる歌声が「公害の一種」と言わしめるレベルだからな。

 「ヒットナンバー」て、どこでヒットしたんだろw 11巻のエピソード「ジャイアンの心の友」では、のび太の協力でリリースしたシングル「乙女の愛の夢」(ノビタレコード)が、ジャイアンの力づくの営業もあってそこここの家庭でかかったようだが。「乙女の愛の夢」はマストでセットリストに入っているんだろうな。

 あと「メドレー」て、結構謎の言葉だなw MCや休憩を挟まずに歌いきるってことかね。2時間半も? だとしたらすげえ強い声帯してんだな。そういえばジャイアンは、コンサートで水分補給してのどを整えるみたいなことしていないしな。と妙なところで感心。

 

 そして引退コンサートはすべての演目を終了。うれしさで泣いているスネ夫の姿が見切れて描かれており、かわいらしい。

 しかしジャイアン本人は「拍手水ましマイク」の効果で、雨だれのようなまばらな拍手しか聞けない。引退撤回のタイミングを切り出せないためか、自らアンコールをやると言いだす。そこで司会のドラえもんスネ夫は驚き、こちら↓のコマへ。

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(同上69ページから)

 とりあえずジャイアンの表情にツッコんでおこうw スネ夫の「このままもえつきたほうがいいのでは……」もたいがいだが、何と言っても白眉はドラえもんだ。

「一分間時間をください、やめるように説得します」

 言うまでもなく、このセリフは「ふつうのー」が掲載される前年の年末に行われ、都はるみの引退(後年復帰)が大きな話題を呼んでいた「第35回紅白歌合戦」(NHKテレビ)が元ネタである。発言者はNHKアナウンサー(当時)で白組司会のベテラン鈴木健二。この呼びかけは翌年の流行語となった。

 

 ドラえもんの「一分間ー」は当然、この鈴木の名ゼリフのオマージュである。しかし元ネタの紅白では、大トリで「夫婦坂」を歌い切り、涙ながらに深々と頭を下げる都に数十秒間の長い拍手が送られる。

 そして会場からは、誰ともなくアンコールの要求が発生する。そこへ満を持して鈴木が「私に1分間時間をください」と切り出し、都に直接アンコールを依頼。程なくダン池田の指揮で「好きになった人」のイントロが流れ、涙で歌えない都を囲んで紅白出場者で斉唱するという感動的な結末を迎えた。

 この年の紅白は視聴率79%。私もリアルタイムで見ていたが、テレビ史に残る名場面だと断言する。

 

 長々と元ネタの紅白を説明して恐縮だが、藤子Fのすごいところはこの元ネタの逆パターンを徹底して描き切った点である。盛大な拍手を受けた都に比べて、まばらな拍手(拍手水ましマイクの効果だが)のジャイアン。既に「夫婦坂」で感極まり、とてもアンコールに応える状況ではない都に対し、自らアンコールを切り出すジャイアン。そして紅白史上初となるアンコールへの同意を都に求めて説得する鈴木に対し、アンコールをやめるよう説得するドラえもん

 てわけで、ジャイアンの引退コンサートは都はるみ引退の感動的な一部始終をすべてひっくり返して描いた。パロディーとしてはすさまじく秀逸であり、藤子Fの卓越した手腕を感じざるを得ない。

 

 結局、花束に隠れていた「拍手水ましマイク」をジャイアンが踏み、スイッチがプラスになって盛大な拍手が流れる。これに感激したジャイアンはもくろみ通りに引退を撤回した。

 ラストがナレーションベースで処理されるという異色のオチも含め、ジャイアンの引退騒動を描いた「ふつうの男の子に戻らない」(よくよく考えればこのサブタイがオチになっているw)は名作だと思う。