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さくらももこと「ものまね王座決定戦」

 さくらももこさんが亡くなった。

 53歳。

 漫画「ちびまる子ちゃん」は最高視聴率39・9%をたたき出す国民的アニメとなり、自ら作詞を手がけた主題歌「おどるポンポコリン」「走れ正直者」は大ヒットし、また「エッセー漫画の旗手」と呼ばれたその文才を逆輸入する形で著したエッセー集『もものかんづめ』はベストセラーに。まさに鬼才であった。その突然の訃報はかつて手塚治虫が死去したときとダブるとネットに書く人も見られたが、ジャンルが違うと言えど私も同意である。

 いろんな人がいろんな言葉でさくらさんをしのんでいるが、私は代表作「ちびまる子ちゃん」と「ものまね王座決定戦」との関係を語るとしたい。

 

 ふと気づいたことだが、まる子ブームとものまねブームはほぼ同時期に起きている。時は1990年。正月の1月2日に「ちびまる子ちゃん」のアニメ第1期シリーズが開始した。ややそれに先行する形で1989年からものまね王座(以降「王座」)の番組人気が加速し始め、翌90年はそのピークに差し掛かる時期であった。

 「王座」で初めて「まる子」関連ネタに着手したのは、なんと(?)鈴木末吉。90年秋の1回戦で「おどるポンポコリン」を柳沢慎吾稲川淳二の2役で歌った。

 前半で柳沢、後半で稲川をまねる采配だったが、配分を誤ったのかえらく長い間「アイヤイヤイヤ、アイヤイヤイヤ…」と稲川のものまねをしており、すべった感はえぐいものがあった。結果は90点で森口博子に敗退。

 同じく1回戦、鈴木と森口の対戦の直後にダチョウ倶楽部が「おどるポンポコリン」に挑んでいる。同一の大会で同じ曲が2度も演奏されるのは「王座」において珍しい。「おどるポンポコリン」が大ヒットしていた証左とも言えよう。

 で、ダチョウのネタだがBBクイーンズの近藤房之助を寺門ジモン、リーダー肥後克広桑田佳祐、そして上島竜兵が今くるよを演じる変則的なキャストで挑んだ。リアルタイムで録画を見ていたのだが、リーダーの桑田は印象が薄い。ジモンの近藤の歌い出し「ベイベ~♪」が意外と似ていたことと、上島が腹をパンパンやっていたのは鮮明に覚えている。ダチョウらしい楽しいネタだったが、結果は93点。初出場の松下桂子に1点差で惜敗している。

 

 翌91年、「ちびまる子ちゃん」は再び作詞さくらももこ、作曲織田哲郎のコンビで2代目となるエンディング曲「走れ正直者」を世に送り出した。歌うのは、さくらが少女時代からファンであった西城秀樹。西城と言えばものまねされる歌手の定番であり、案の定、91年秋の「王座」でネタにする組が複数いた。

 まず1組目がたけし軍団。軍団で西城秀樹のものまねと言えば井手らっきょ、彼をセンターにラッシャー板前がまる子、大森うたえもんが丸尾くんのコスプレをして「走れ正直者」を披露した。曲紹介前のトークで、大森が「私は誰でしょう」と3択クイズを出し、その選択肢の一つに「たま」知久寿焼?)があったことを今思い出したので付け加えておく。

 井手の西城はさすがにうまかったが、どうも元ネタが子ども番組ということを忘れていたようで(?)サビから下ネタを連発。その影響か点数は93点にとどまり、斉藤ルミ子に1点差で敗れた。ちなみに斉藤はイルカのまねで「なごり雪」を披露。イルカと言えば、さくらが彼女に似ているという評判があり、さくらがパーソナリティーを務めていたラジオ番組「オールナイトニッポン」にTARAKO(言うまでもなくまる子の声優)とともに出演したという逸話もある。

 そしてこの大会2回目の「走れ正直者」に挑んだのが、西城ものまねを十八番とする岩本恭生。まる子のワッペンを衣装のつなぎに着けて臨み「リンリンランランソーセージ~♪」のサビをパワフルに歌い上げた。岩本は貫録を見せ、レベッカNOKKOをまねた斉藤ルミ子を98-97の僅差で破った。斉藤はこの大会で「走れ正直者」に1勝1敗という珍しい成績を残した。

 

 時は流れ、1990年代が終わる1999年。同年春の「王座」で、久々に「おどるポンポコリン」が流れた。工藤兄弟松村和子、大石円の合同チームがBBクイーンズを組んで1回戦に臨んだのである。

 対戦相手は現在も活躍する強豪・布施辰徳。布施は自身の十八番の一つとなる山崎まさよしを先攻で初披露し、観衆から絶賛を浴びた。工藤兄弟・松村・大石チームは一歩も引かず応戦。松村の坪倉唯子はキュートな高音をトレースしていたし、工藤兄弟のどっちかwの近藤もクオリティーが高かった。「王座」の大会結果を細かくアーカイブする「ものまね王座決定戦データベース」管理人のクイズ作家・日高大介氏はこの大会で最もうまかったネタに工藤兄弟のどっちかwの近藤を挙げている。

 結果は両者100点満点。この大会最高の名勝負とうたわれたこの対戦は、布施のジャンケン勝利で締めくくられている。ちなみに工藤兄弟のどっちか(しつけー)と大石は後ろのコーラスのMi-Keを演じていた。

 

 1990年代初頭、同じような勢いでのしてきていたフジテレビ系列の番組「ちびまる子ちゃん」と「ものまね王座決定戦」。「王座」は12年もの中断があったにせよ、現在年末1回開催を続けている。今年はぜひとも、さくらさんを追悼する意味で「ちびまる子ちゃん」関連のネタを見ることがあればな…というのが私のささやかなる願いである。

 さくらももこさん、お疲れさまでした。