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茂木健一郎氏を集団リンチにかけた「しくじり先生」(テレビ朝日系、5月14日放送)を批判する

 リアルタイムでは見られなくて動画サイト「TVer」で後追い視聴したのだが、いやはや内容がひどい。結論から言えばBPO案件だと思う。

 「しくじり先生」5月14日放送分の動画はこちら↓。視聴は1週間限定なのでご注意を。

tver.jp

 今回の講師は「しくじりホヤホヤ」と紹介された脳科学者の茂木健一郎。しくじりのテーマは、今年の3月に彼がツイッターで発した「日本の地上波テレビ、お笑いはオワコン」という趣旨の発言であり、その騒動を茂木が改めてオードリー若林、平成ノブシコブシ吉村、銀シャリ橋本ら芸人を含む出演者にわびるという内容であった。

 番組は冒頭から異常事態を感じさせた。ノブコブ吉村が茂木の登壇を確認した途端「来やがったな~!」と腕をぶすゼスチャー。「騒動」の経緯を説明する際につい小声になる茂木に、再び吉村が「被告、声を張りなさい!」と追い打ち。まるで茂木を犯罪者のように扱い、これが合図となったかのように出演者(生徒の設定)の茂木への攻撃的な言動はエスカレートしていく。

 その茂木への芸人連中の「口撃」ってのが、また手の込んだやり方でね。「あんな発言されて、俺は悔しかったよ!」とストレートに反論すれば、まだ茂木も救われたであろう。しかし芸人の出演者の茂木への態度表明は以下の通りである。

 

オードリー若林「こういうのが2ちゃんに書かれていたよと言われるのと同じ」
勝俣州和「(バラエティー外の人間である自分が面白いという)勘違い発言ですね」
銀シャリ橋本「『一方そのころ茂木健一郎は…』という感じです」
若林「そんなに茂木さんのこと気にしていないんですよ俺たち」
橋本「横のヤツがカレー頼んでるくらいのテンションですよ」
東国原英夫「茂木さんほどの人間なのでお笑いの歴史、文化、社会状況等々、全部分析されての発言と思った。調べてみると、何もそういうのがないよね。(中略)今後、本職に影響が出るんじゃないかな。脳科学者として。心配したくらいですよ」

 茂木が騒動の経緯を説明してからの言動は以下の通り。

橋本「オワコンて覚えたてやったんすか?」
吉村「(炎上を狙ったわけではないと言う茂木にー引用者注)そこのイタさがあるんですよ。ベースにたぶん」
東国原「妙なんだよ正義感が」

若林「(茂木の持参した脳の模型に向けー引用者注)パカッて開いたら『オワコン』と書いてあるかもしれない」
吉村「後で書いといて『オワコン』って」

 

 お分かりであろうか。要は芸人連中はリアルタイムではエキサイトしておきながら、本人が謝罪の意思を示して平身低頭で自分たちの前に現れた途端「大したことないヤツが何か言っていた」というスタンスで茂木の発言を冷笑したのである。まるで「顔はヤバいよ、ボディーやんなボディー」(by山田麗子)のように、外見ではパッと分からぬように相手を傷つけるみたいな、まさに陰惨な吊るし上げを行ったわけだ。

 そして茂木は自身を「妙な正義感を振りかざす面倒臭いヤツ」というレッテルを自らに張り、生徒たちとディスカッションを行う。改めて彼の問題とされるツイートが自身の口から説明されたが、その内容に瑕疵(かし)は見られない。アメリカ大統領選で茂木が痛感した、日本の芸人の政治、権力者へのアプローチが著しく弱いというのは動かし難い客観的な事実であろう。先日の「ENGEIグランドスラム」(フジテレビ系)でウーマンラッシュアワー村本が「おまえが辞めて良かったわ!」と今村元復興大臣をネタにして話題を呼んだが、それまでテレビ演芸番組に出た芸人たちの誰が首相含め失言、暴言まみれの閣僚だらけの安倍自公政権をどれだけネタにできたというのかね。

 アメリカではSNL(サタデーナイトライブ)というプログラムがあり、その日のうちに芸人が大統領選でのトランプの言動をネタにしていたという事例を紹介した茂木に対し、オードリー若林はこう反論をした。

 

若林「制作、演者、スポンサー、視聴者。みんなで求められていない。それぞれに割合はあると思いますよ。日本で少ないっていう。芸人の一点で言っているじゃないですか、芸人がオワコンって」

 

 つまり若林は制作サイドやスポンサー、視聴者のニーズをクリアしないと芸人がいくら政治的なネタをしたくても流される。その現状があるのに芸人だけに責任を押し付けるのは納得が行かないと言いたいようだ。ただ若林の発言はいわゆる現状の追認であり、「オレらだけ悪く言うな」という駄々でしかない。

 そもそも日本のお笑い芸人はステータスが向上し、今やどのテレビ局の昼のワイドショー番組でも芸人がコメンテーターとして出席している。時々の社会問題のVTRを流した後に、芸人コメンテーターはやろうと思えば当意即妙の話術でネタにできるではないか。

 サタデーナイトライブどころか、平日のアフタヌーンライブができる条件があるのに芸人コメンテーター(とつるむ芸人連中)は、スタッフやスポンサーや視聴者、および安倍政権の連中に忖度してやらないわけだ。若林の反論はそんな芸人の体たらくを擁護しているのにすぎないのだが、茂木がかしこまっているのをいいことに、なぜさも自信満々にそう発言してみせたのか理解に苦しむところだ。

 そもそも茂木が自身の言動を反省しておわびをしているだけなのに、芸人連中の「俺たちの主張が正しかった」と勝ち誇って彼をサンドバッグにしているのはどういうことだろう。茂木が謝罪したからって、何ら彼らの主張が正しいという客観的な根拠が得られたわけでは当然ない。

 だいたい茂木が謝罪したからと言って「日本の地上波テレビとお笑いはオワコン」問題に終止符が打たれたわけではない。むしろ現在進行形の問題としてあるのだ。

 日本共産党の機関紙で週1回発行の「しんぶん赤旗日曜版」5月14日号にて、社会風刺を得意とするコント集団「ザ・ニュースペーパー」のリーダーである渡部又兵衛(わたべ・またべえ)のインタビュー記事が掲載された。渡部はインタビューで、自身が演じる「カゴイケ前理事長」のコントがテレビ番組の収録まですませたにもかかわらず「お蔵入り」となった件を話している。カゴイケ前理事長が首相と久しぶりに会い、お互い妻で苦労しますね…と慰め合うコントだ。

 ご承知の方も多かろうが、国会で安倍晋三首相が籠池泰典氏を(その教育方針を当初は絶賛しながら)「知らない」と言い張ったことをネタにした作品である。これをテレビ局の人が面白がって収録までしたのだが、放送当日にお蔵入りの電話をしてきたというものであった。芸人を愚弄するものとして、私はこの顛末(てんまつ)に怒りを禁じえない。若林や吉村や橋本は、茂木よりも日和見に走ったテレビ業界に対して満腔(まんこう)の怒りを上げるべきであろう。

 「しんぶん赤旗日曜版」のインタビューにて、渡部はこうも言っている。

 

「戦争になる前が典型ですが、国が一つの方向に走り始めた時、お笑いや芸人は真っ先に排除されます。今そんな危うさを感じています」

 

 時あたかも、安倍自公政権は「現代の治安維持法」と悪名のささやかれる共謀罪法案を、衆院法務委員会で採決しようとしている。あわせて安倍首相は70年間日本社会の発展を支えてきた日本国憲法に手をつけ、本来国家を縛る性格のものである憲法を国民の基本的人権に制限をかける前近代的なものに変えようとしている。

 そんな社会に変貌を遂げれば、確かにお笑いは「オワコン」どころか存在そのものを消滅させられる危機を迎えよう。国家権力におもねり弱い立場の国民ばかりを攻撃するお笑いとして生き延びるなら話は別であるが。

 そうした未来を迎えないためにも、まずは権力に何一つ逆らえず茂木を叩くしか能のない芸人を好き勝手にしゃべらせるという、日曜の夜におぞましい番組を放送した「しくじり先生」に対し、私は厳しく抗議と批判の意を表明するものである。

(文中敬称略)